小話

餅Gメン

20XX年、総人口に占める後期高齢者の割合が五割を超え、それに比例し、毎年一月上旬に発生する、餅を喉に詰まらせる死亡事故の件数も増加の一途をたどり、人口減少が嘆かれる我が国の喫緊に対処すべき事案として浮かび上がった。
対応に迫られた政府は、国会において「餅ならびに餅米等における誤飲防止規制法案」を提出、国会を取り囲む餅米農家、餅愛好家のデモ、また野党の反対の中、成立、同年十一月施行された。

「餅ならびに餅米等における誤飲防止規制法」では、市販される餅食品の大きさが規定され、直径2cmを超える餅食品の販売が禁止とされた。また会社、個人を問わず、規定外の餅の製造及び販売をした者には、五十万円以下の罰金、もしくは十年以下の懲役の刑が処されることとなった。
そして規定外の商品販売を取り締まるため、ここに農林水産省、厚生労働省からなる合同調査委員会が組織され、捜査権および逮捕権が与えられた餅取締官(通称餅Gメン)が、全国四十七都道府県に一斉配属されることとなり、
町内会の餅つき大会にまで、逮捕権を持った国家公務員が張り付く。という事態となった。しかし、職員不足の合同調査委員会の裏をかき、全国の町内会が一斉で同日餅つき大会を開催、餅Gメンが貼り付けなかった町内会の餅つき大会では、大きな餅を求め、すずなりで人が並ぶという事態を引き起こすこととなった。

法律施行から数年、サイズを規定したことにより、法律施行前に比べ、餅を喉に詰まらせる死亡事故は前年の三分の一まで減少、法律の効果が出ることとなったが、法律の反動からか、大きな餅を求め、直径2cmの餅を一度に大量飲食、喉に詰まらせる死亡事故という、いたちごっこのような事象を生むこととなった。
また、餅サイズが規定されたことから、鏡餅文化は形を超え、餅を直径2cmまで伸ばした上で、皿のように薄くした餅を重ねる。という文化となった。
年末を迎えた週末になると都市部から餅を求めた人々が地方に押し寄せ、全国各地に闇餅市が開かれ、社会問題となっている。
今回、北陸のX県に配属されたA捜査官の年末特別取り締まりに密着取材の許可を得ることが出来た。
これは闇餅市の深層に迫る渾身のルポタージュである。

「今日は今年最後の日曜日に当たる為、元旦のZならびにY用のMを求め、本県都心部、また近隣O県P県からも今年一番のジャンキーの人出が見込まれる。各自覚悟の上臨むように」
無味乾燥のリノリウムの床、白い壁に覆われたX県の取締本部である雑居ビルの一室で、本部長H氏の緊張した挨拶から取材は始まった。
「Zは雑煮、Yは焼餅のことです。Mはもちろん餅のことです」表情一つ変えず、私にそう教えてくれたのはA捜査官。配属二年目の期待のホープだ。
「それでは行きましょう」颯爽と軽自動車に乗り込み、闇餅市が存在していると思われる某所へ向かうA捜査官。
「テレビでよく見るような覆面セダンには乗りません。あくまでも闇餅を求める都市部のジャンキーと思われなくてはいけません」確かに先程のH氏並びにA氏の服装はカジュアルである。
「そもそも高級セダンに乗るような層はヨットやプレジャーボートで洋上に出て、洋上取り引き、もしくは禁止されていない東アジア諸国でMを食べながら年末年始を迎えますよ」
洋上取り引きに関しては、海上保安庁の受け分になるらしく、詳細は若手のA氏にまで情報は回ってこないらしい。
「最近では洋上取り引きがヤクザの大きなシノギになっているそうです。満載のMを積んだフェリーやコンテナ船で、秋口から全国の洋上を回遊して、資産家層にMを売り付け、莫大な資金を集めているそうです」

車はQ市の駅前から三十分ほどのショッピングモールの駐車場に着いた。
「ここです。私が合図するまで動かないでください」
驚いた。闇市というのは、山奥の集落もしくはうらぶれた農村で行われているのかと思いきや、こんな女性子供も集まるショッピングモールで行われているとは。
待つこと数十分。「いました、あれです!」緊張した声でA捜査官が呟いた。
変哲もない白いワンボックスカーである。
「よく見てください。後部座席に杵を積んでいるでしょう。あれが証拠です」
車は県下最大級のこのショッピングモールの駐車場を、グルグルと回っていた。時折、このワンボックスカーが通過する前に、駐車している車からハザードランプが規則的に点滅されている。アイシテルのサインであろうか。
「あれは、直径何センチの餅を欲しているかのサインです。五回点滅であれば、直径5cmの餅を欲しているというサインです」とは、ハンドルに身を屈めたA捜査官。
それにしても凄いハザードランプの点滅数だ。アイシテルのサインどころではない。中には30回以上点滅させている車もある。餅運び競争用でも仕入れるつもりであろうか。
「来ました。Mです」A捜査官の見つめる先には、仲睦まじい夫婦、そして小学生ぐらいの女の子がショッピングカート満載のビニールや紙袋を積んでいる。
「カモフラージュですよ。ああやってモールで買い物帰りと見せかけて、先程の点滅させている車に持っていくんですよ。あの家族もMと交換で雇われた運び屋です」
点滅四回の車に対し、女の子がカートからビニール袋を取り出し、駆け寄っていくのが見える。
「あんな、いたいけな子供を使って、闇餅市を行うなんて。許せない」A捜査官のハンドルを握る拳に力が入るのを私は感じた。
「相場は直径1cm増すごとに一万円です」
続いて、妻であろう女性が、紙袋を持って、点滅七回の車に近付いていく。
「行きます」そう言い残し、彼は勢いよく車外へ飛び出した。
「餅取締官だ!動くな!」
その時であった、ハザードを点滅させていた車が一斉に駐車場から飛び出し、杵を乗せたワンボックスカーも杵を車外へ放り出し、駐車場出口へ殺到したのである。
しかしながら捜査機関が上手であった。すでにA捜査官が手配した応援車両が駐車場出口で待機しており、A捜査官車両に装備されていたレコーダーから検証、照合が行われ、一斉に検挙されたのであった。

取材の最後、A捜査官に何故この仕事を選んだのか訊ねてみた。
「僕は憎い、餅が憎いんですよ。大好きだった爺ちゃんを奪った餅が」
捜査中冷静だった彼が、声を震わせそう語った。そうなのである、彼もまた餅の被害者なのである。
「でもね、好きなんですよ。餅も。餅つき大会なんかに配備されるとね、爺ちゃんと一緒にこねた丸もちを思い出したりなんかしてね」
そう語るA捜査官の目は、どことなく悲しいものであった。

餅とは家族のようなものである。今回、取材を終え、A捜査官の言葉を反芻し、私は感じた。
愛憎入り乱れ、粘着質で、簡単に二つと別れえぬ存在。飲み込んで消化するより、よく噛み砕いて食べなければならない面倒な存在。雑煮に放り込めば、ゆっくりと融解、出汁と合わさっていく。
20XX年元旦、闇餅市で密かに仕入れた餅で作った雑煮を啜りながら、私は深く、餅の旨さを味わうのであった。

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